ずっと努力してきた子は、
努力の価値と、知る喜びを
知覚しています。
これは、勉強の出来不出来で
得られるものではなく、
向き合ってきた真摯さと
習慣によって
得られるものです。
学習に連続性があり、
分からない、なんとかしたいと
思うことについて常に
テーマがあり、それを日々
解決することが学びだと
分かっていないと
真に得られる感覚では
ありません。
ゲームなんかにも、
「やり込み要素」というのが
あるかと思います。
これは、そのゲームを
よく知った上で、
しかし、何度かチャレンジしないと
欲しいものが得られないような
ものですよね。
似たようなものです。
6年生たちとは、
−( )の括弧の
外し方について
議論していました。
授業時だけではなかなか
理解が難しかったのですが、
改めて聞いたら単純な
原理であった、と。
相当納得したみたいで
理解と同時に笑みが
こぼれていました。
こんな学びと歩んでゆきたい。
私はそのように思います。
中途半端にできるけど、
努力はしない、みたいな人は
いつまでも中途半端にしか
歩くことはできません。
半端で努力もしませんから、
就職しても駒のように
扱われるだけです。
長い人生、努力できる
人当たりの良い子は
成長も続けますし、
組織にも重宝されます。
いずれ上の立場に立った時も、
自身の苦労話を種にして
下の世代を穏やかに
育ててゆけるでしょう。
そんな人を育てたい。
私はそのように思います。
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