無駄を消す?無駄を生かす?

勉強している本人たちには
なかなか見えにくいことですが、
学習に際して、無駄なこと、
あるいは無駄に思えることは
結果あるわけです。


たとえば、最近紹介した
サーキットトレーニングについて。

丸つけをわざわざ赤ペンで
一つ一つやっている子がいました。
これは、無駄な時間です。
何が無駄なのか、いちいち
言うまでもないのですが、
基本的にこれまでも、
単に覚える、ということについて
ダラダラやってきたのだと思われます。
時短する意識が足りません。
覚えることに割く時間は
極力少なくしないと
回数を稼げないですよね。

また、無限に何時間も単語を
書き連ねるだけの子。これも無駄。
親から言われたからいっぱい
書いてる、とかいう子も
これまでいましたが、
それはパフォーマンスを上げることに
決してつながりません。

現に昔から、覚える時はそんなに
書かず、アウトプット段階で
一気に書いて確認する子の方が
パフォーマンスは圧倒的に
高かったのです。


しかし、一見無駄に思えるけど
実は有効な学習もあります。

関連資料や関連情報を
読み漁って知識を膨らますこと。

私は教える立場になって
はっきり分かったことがありますが、
教えるには、倍以上知識がいるので、
教科書をベースにかなりの
調べ学習の時間を入れます。

そして、授業資料としてまとめて
自分の頭の中に落とし込みます。

社会科なんかはそれが
かなり必要でして、
やはり社会の苦手な子は
知識が浅いのですよね。
全く調べませんから。


今はいい時代です。
調べればいくらでもネット上に
有益な情報が転がってますし、
書籍関連もかなり揃っています。
雑学がめちゃめちゃ充実しますよ、
読めば読むほど。

知識を広げるための窓口は
いくらでもあるのです。

それを生かしきれていない。


簡単に言えば、
時間を短縮すべきところに
時間を謎にかけ、時間を
かけるべきところを省略している。

自分が無駄だと思っている
学習法に関する価値観が
どうも間違っていて、というか真逆で、
これから先何らかのかかわりをもって
転換させなければならないと
思っているんです。

しかし、自分が重視してきた
学習法を転換するというのは
なかなか受け入れ難いことです。
それで成果を生んだ経験がない以上、
それまでの経験則の中で
なんとなく正解と思われる
何らかの方法をよしとして
信じてきているからです。


一回自分を殺しましょう。
全く新しい方法を受け入れましょう。
学年末が終わったら、時間が空くので
そのような方法指導をしようと思います。

学習内容の種別ごとに色々な
方法指導をやってみたいと思います。

kojinkai

佐賀市の小中一貫学習塾 紅人会|kojinkai 公式ブログ