手を抜いていると思われたくない。


小6の作文が月曜日に提出されますが、

火曜日の幼稚園生指導の準備もあって、

チェックは火曜日の授業後に行っています。

 

小6の作文は、課題作文と天声人語の要約の

二本立てになっています。

 

先週は女の子が完璧に近い要約をしてきて、

とある男の子はそれを読み、

「え、ありえないでしょ・・・

課題と言ってもここまでの完成度で

やってくるなんてどうかしてますよ。

本当にありえない。もっと周りは

普通な感じでやってくると思っていたのに、

想像をはるかに超えた努力をしていることが

よくわかりました。

これだと自分もある程度やったけど

どうやっても手を抜いてるようにしか思えない。

ていうか、やった後に手を抜いてるように

僕の作文って見えるんですよね・・なんかやだ。」

と、ポツリと呟いて帰って行きました。

ちょっと手を抜いたことについて、

周囲の人が努力をしていたことについて、

いろんな意味で反省があって、しょんぼりと

していたようにも見受けられました。

 

そんなイベントがあった後の作文提出でした。

今週の彼の要約文は、間違いなく優れていました。

私の”要約のポイント”をしっかり読んでチェックし、

先週の比ではないほどの課題文の読み込み、書き込み、修正が

なされており、どれだけ時間かけたんだろうなって。

ああ、もっと才能って機会と意欲さえあれば

伸ばせるものなんだな・・・とニヤリ。

 

小学生で要約ができるっていうのは、

相当優れている証拠だと私は思っています。

ただのまとめとは違い、相手の言わんとする要点を

間違いなく逃さず理解し、抽象化して初めて

要約と言えますから。

 

余力があったり、周囲の環境が

たいしたことない状況だったりすると、

多少手を抜いても評価されるという環境が

小学校には、致し方ないこととしてあります。

 

こういう子は、とことん評価の基準を上げて

刺激を与えてあげないといけません。

 

彼はいいライバルにも恵まれました。

周囲の子たちも同じ気持ちで塾に通っていると思います。

kojinkai

佐賀市の小中一貫学習塾 紅人会|kojinkai 公式ブログ